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「危篤2」

 うさぎを預け、次の面会まで、あと4時間。

一番怖いのが電話が鳴ることでした。

病院からの電話は、=亡くなった事を意味するからです。

そして、

夜の7時。電話は鳴らなかった。

でも、まだ生きてるという保証は無い。亡くなったら必ず電話があるという約束も無い訳で。。。

とにかく病院に着くまではあれこれ考てもしょうがない。生きてても、亡くなってても11年の大往生。

こういうときって、死んだら悲しいとかどうとかじゃなくて、今までの11年間、こいつは幸せだったのかな~?

自分という飼い主でよかったのかな~。って、、

そういうことで、むしろ頭の中がいっぱいになる。

で、

到着。

 面会という形で案内され、再開すると、なんと彼は自力で起き上がっていた。

目はうつろで半開き、起き上がって座ってはいるが左右にゆらゆらふらふら。。。

病院に入って、まだ生きているのはすぐに聞いたが、横に倒れてハアハアしてるイメージしかなかった。

むしろ起き上がっているのが不思議というか、、、ただただ見入ってました。。。

 しばらくすると院長が来て、回復し出した経緯と、それにとても驚いたということを話された。

その後話し合い、僕はせっかく回復しだした状態で連れ帰るのは尚更酷だと思いを伝えると、院長もそれには

同意で、このまま保温しながらもう1日入院させ、さらに回復することに期待する方向に賭けてみる事になりました。

 入院の話が決まると、診察時間内は好きなだけそばで付き添って良いと言われ、ホントに好きなだけ

そこにいました^^;。なにをするわけでも触る訳でもなく、ジーっと、40分くらいただただ見つめていました。

 一人家に帰りよく良く考えたら、自分が外泊でもない状態で、うさぎが家にいないのは11年で初めてだなあ~と、

そんな思いにふけた夜は、台風直撃で瓦は飛ぶわ、雨どいはへし折れるは停電するは;;で、

初めてのうさぎの危篤と、初めての巨大台風の経験とで、まあ忘れる事が出来ないでしょう><;。

翌日。

台風一過で天気も回復し、急ぎ病院へ。

すると、

「エサを食べるまで回復!!!」

若干まだ動きは鈍いものの、餌も水も飲んだらしく、耳の血色もよくなってる。

ショックで頭が真っ白になったことはあるけど、ほっとして頭の中が真っ白になったのは初めてかもしれません><

「よくがんばったなあ~~」

ただただそう思うばかり。

あまりに回復ぶりがよかったらしく、下腹部に排泄物がつかないように毛のカットやら、爪、歯の手入れなど、

メンテまで完了されていました^^;。まあ、勝手にやられて有料なんですが、そこはこの際きにしないv

 

 今現在、回復したとはいえ、正直、もう100歳超えてるお爺ちゃんには変わりない。今度なにかあったら、

もしくはいつ何があっても。という気持ちは残りますが、そこは生き物を飼う以上、覚悟と責任は必ず

持っていなければなりません。

亡くなった時悲しいのは当たり前ですが、亡くなった時にそれまでの年月で後悔が残らない接し方が大切ですね。

退院後、すぐにケージも完全バリアフリーに改良し、床材もフカフカの厚めにしてだいぶ元気になりました。

(といっても、基本かなりのお爺ちゃんなので、食事と水を飲む以外はウトウトしてますが^^;)

 台風とともにやってきて、台風とともに去って行った我がうさぎ初の一大事件。

病気も台風も、もう来ないことを祈るだけです><;。。。

 
 今では、頭なでなでしてやるくらいで、基本そっとのんびりと、残る余生を見守ってあげたいと思います

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