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孤独死とお葬式

 正月明け、たった3~4日でやたら訃報が飛びこんでくる。

この辺は田舎なので、本実家な家が多い。だからどちらかと言えば

正月に親族に訪問される側の家が多い。

 そういう正月疲れがドッと出るのだろうか・・・。

僕でさえ先日書いたように凄い正月疲れで体調がおかしくなったくらいだ。

 僕も冬は嫌いですが、お年寄りにとっても冬は危ないなとつくづく思う。

うちには90歳を超えた祖母がいるから、尚更気を使う。

食事はとれているか。

熱い風呂に入ってないだろうか。

顔色は悪くないか。。

「観察?」って言葉が適当かわかりませんが、常に様子を見たりするのが

もう日々の習慣です。

 今年もお正月が過ぎ、多少ないし祖母も疲れた様子ですが、

なんとか健康そうで今のところ平和です。

 そんな中、わずか3~4日で、うちから半径100mくらいの近所で

聞いてるだけで3人亡くなった。。。

60歳~80歳代で、

老衰。

病気。

そして孤独死。

 寒さとか年末年始の忙しさからなのか、詳細はわかりませんが、

孤独死は切ない・・。

 その人とは顔も面識も僕はないですが、家は同じ通りなので、

電気が付いてる、誰か住んでる、って事くらいは良く知ってた。

どうやら60代で一人で住んでたらしい。

そしてあまりにもポストに新聞が貯まってるのを誰かが不審に思い、

そして遺体で発見された。。。

死因とか詳しく知りませんが、なんともすぐ近所でこういった事が

普通に起こると思うと、なんとも切ない・・・。

 

誰にもみとられる事なく死んでいく孤独死。

これを機に、孤独死に関していろいろ考えさせられる。。

「普通に生活してて心臓発作かなんかで急死したのか」

「一人で苦しんで亡くなったのか」

「それとも、死ぬまでの生活、ずっと孤独だったのかなぁ・・・と」

 独りで亡くなれば、TVではなんでも「孤独死」って簡単に言うけど、

個人的にはあまり納得いかない言葉。

充実した独り暮らしの中で亡くなっても孤独死と言う。

家族とかと生活してて亡くなれば孤独死とは言わない。。

この線引きはどうなんでしょうね。。。

 家族と一緒に住んでるってだけで、実際は孤独な人はいる。

職場・友人関係・恋人関係・家族関係、、、

なにかしら孤独を独りで抱えてる人はたくさんいると僕は思う。

 ただ独りで死んでいったという事だけなら、

「独死」と言って欲しい。

亡くなった人が孤独だったのかどうかなんて、誰にも決める事は出来ない。

ホントにこの上なく孤独な生活の中で孤独死したとして、

亡くなった後にあいつは「孤独死」したなんて勝手に言われたら、

それこそ浮かばれない。。。というか死んでも死にきれん。。。

あの世から叫んでしまいそうだ。

「勝手にお前が決めんなよ!」って。

というか、孤独だったと決めつけるなら生前になんとか何とか

手を差し伸べてあげろよ。と思う。

 生きてるうちに何も気にかけてあげなかった人に限って、

「あの人は孤独死だった」と平気で言うから腹が立つ。。

まあ、僕が熱くなってもしょうがないか><;

 うちは今、父と祖母と3人暮らしですが、

もし僕が何かの拍子で急死したらどうなんだろう。。。

なんてひょっこり考えてしまう。

う~~ん、、

家族と一緒に住んではいるけど、「孤独死」かなあ。。。

 交友関係をほぼ絶っている面でも孤独感は否定できないし、

残された祖母や父が孤独になるという、別の意味でも

「孤独死」になるだろうなあ。。

 葬式もあげて欲しくない。。

交友も無かったくせに、葬式の時だけゾロゾロ来られるのも嫌だし。。

そっと火葬してそっとお墓に入れて欲しい。

 こういう僕的な考えは他人の葬式にも当てはめてしまう。

 昔、自分が雇っていた従業員の子が精神的に病んでて、

僕が仕事を辞めた後とはいえ、その後その子は自ら命を絶った。

誘われたが、自分は葬式に行けなかった。

行くべきじゃないと思った。

「生きてるうちにもっと何か手助け出来たんじゃないだろうか。。」

そう思うと、亡くなってから手を合わせに行く事が、

とてもずうずうしく、おこがましいと思えた。

「死んでから来るくらいなら、生きてるうちに手を差し伸べて欲しかった」

そうあの世から言われてるような罪悪感にさいなまれた。

だから葬儀には行けなかった。

 母方の祖母が亡くなった時もおかしな事になった。

詳しく書くと長くなるので、簡潔に言えば、

母方の兄妹で訳のわからないケンカが始まった。

遺産で揉めるとか、そういうアレじゃなく、

母兄妹の長男さんが頭がおかしいとしか言いようがない人になってた。

祖母、つまり自分の母親なのにほとんど看病や見舞いもする事も

なかったくせに、看病や病院に見舞いをしてた妹たちが

看病の仕方が悪く、祖母を殺したとか言い出した。

 そして長男なのに喪主はやらないと次男に押し付け、

喪服すら着てこなかった。

あげく、「絶縁状」という文書を予め何枚も作って来ており、

中身は兄妹・身内に対する絶縁、および延々と悪口というか、

何月何日、誰のこの行為が祖母の寿命を縮めたとか、

それはそれは延々と書かれ、わざわざパソコンで文書を作り、

通夜の晩に兄妹に配布して帰っていった。。。

 (なんかの宗教に洗脳されてるのか・・・?)

そう思えるくらい信じられない奇行だった。。

それが元で、明日は葬式だと言うのに、それどころじゃないくらい

兄妹であーでもない、こーでもないと延々と口論になった。

母の兄妹全員は皆我が強いので、話がまとまる事はなかった。

 たかが孫の一人の身分の自分ですが、

そんな母方の感受性の血を強く引いてる自分なので、

近くで聞いてて今にもキレそうだった・・・><;!。

 結局、グダグダしたまま祖母の葬式は行われ、

「亡くなった祖母が今この状況を見たらどうおもうんだろうか」

「人一人死んで、葬式そっちのけで兄妹で揉めるとか・・・」

そんな事を考えたら僕のイライラはピークだった。。

「こんなクソみたいな親族なら、俺はもう49日は行かない!」

「二度と顔も見たくない、葬式だというのにこんな揉め事うんざりだ!」

そう言って僕は帰った。

49日は行かなかったけど、のちに一人で墓参りに行った。

 それが世間一般の常識や礼儀に反するやり方かもしれませんし、

賛否両論あるかと思いますが、

僕には亡くなった人に対する考え方や、故人を思う方法や思いは

今ではこういう風にしか表現と行動が出来ません。。

 「孤独死」や「葬式」、人の死に対して考える機会も、

歳とともに多々増えていくと思いますが、

結局のところ、亡くなった本人しかその気持ちはわかりません。

 天国に行ったとか、地獄に行ったとか、

幸せな人生だったとか、寂しい人生だったとか、無念だったとか、、、

周りが勝手に決めたり、揉めたりするような事じゃないですからね・・・。

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