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「フリーター荒れ地を買う」第5話「そうなる事はわかっていた」

 進学、就職、結婚などで実家を離れ生活を始める事は

多くの方に起こりうる事かと思います。

わずか年に数回のわずかな帰省の間に、実家の家族の年齢が

あっという間に過ぎて行く感覚を誰しもが実感します。

 自分も例外では無く、1人暮らしをしている時はそんな感傷に

ふける事もありました。

しかし離れて暮らすと人間というのはたとえ家族であっても自分に

とって都合のいい方向に考えたり、考えなかったりするもので、

年に数回しか顔を合わさないくらいになると、

「親も子も孫も、お互いいい顔で会うものになるなあと」

 毎日一緒に生活するのと、たまに顔を合わせるだけの家族とでは

意味合いが違う。という事が言いたいのです。

 それは善しも悪しもであって、常に一緒に生活するといがみ合う

ような関係が、距離を取る事によって落ち着いて向き合える事もある。

そしてその逆もある。。

離れて生活していれば、基本自分の生活の事ばかり考える事が多く、

家族と言えど相手の毎日の生活などは常に意識しないもの。

盆と正月、そして何かあった時くらいに駆けつける程度で、

親も子もお互い、言葉は悪いですが「いい顔」で関係を持てたりする。

 一年にたった数回顔を見せる子や孫は「よく来てくれた」と喜ばれ

毎日一緒に居る子や孫は「当たり前の存在」だったりして

事情や価値観も態度も全然変わって来たりする。

 僕も小さい頃、母方の祖母が生きている頃は、訪問すると

とてもよく喜んでくれて、祖母もやさしく良いおばあちゃんだった。

年に数回しか会わないので、子供ながら僕も良い子にしてた。

 でもそれはお互いたまにしか会わないから、何の不満もない関係

であって、そこに一緒に住んでいる内孫と祖母とでは、なにかと

ケンカも不満も多かったらしい。

 こういうのは夫婦とかでもきっとそうなんでしょうね。

「互いの両親、たまに会うのといつも一緒とは違うってことでしょうか」

 さて、

母方の祖母にとっては外孫の僕ですが、父方、つまり実家では

内孫になります。

 僕が実家に戻る前に、すでに兄は結婚して他県で独立。

その間、実家では祖父が無くなり、父と祖母の2人で生活を

送っておりました。(母はいません)

 父は会社人間で家の事はまるっきり出来ない性格で、

家事やら食事の支度も祖母がやっていたと思います。

 しかし、祖母も歳が歳なのでやれる事に限度がきっとあり、

食事やら家の事などは簡素に済ませているのだろうと、

離れて暮らしていても想像はつきました。

 生活に支障はないものの、もうちょっと家事やら食事やら

いわゆる「かゆい所に手が届く」人がいれば・・・というのは

離れて暮らしていても目に見えていました。

 自分が実家に戻る事。。

それはきっと自分がそこにすっぽりはまる事にるだろうと。。

 父では放任したり見向きもしない事、祖母では思っていても

手の届かない事、そういった事をするのが自分の役目にやはりなった。

 最初は手伝い・善意から、それは次第に必然となり、義務となり

もはや当たり前の生活の流れとなっていきました。

会社・仕事しか知らない父は、もうじき定年。

最低限の家事を担当している祖母は日に日に高齢に。

 そんな状況下に実家に戻ってきた僕。

父はプライドが高いので、

「病気が良くなったらいつでもここを出て行っても良い」

と言う。

はたから聞けばたくましい父だが、僕が何の病気すら知らないし、

聞く気も関わる気もない。

なのでそんな言葉、僕にとって何の励みにも後押しにもならない。

ビデオも洗濯機も使えない、電子レンジも使えない。

もちろん食事なんか作れない。

全くもってどこから「お父さんは大丈夫だから」とか言い切れるのか

僕にはわからないし、安心して僕が家を出て行く要素が無い。

 祖母の方はというと、僕が食事の支度や家の修理・掃除などを

するようになって非常に喜ぶようになった。

「お父さんじゃこんな事出来ない。○○(僕)が居てくれて本当助かる」

そんな事を日々言われたら、尚更後々実家を出て・・・なんて

可哀想どころか罪悪感さえ感じてしまう。

 何も出来ない父と年老いた祖母。

その2人の中に戻ってきてしまった自分。

間接的にというか精神的にも、この現状でこの状況に挟まって

しまった以上、この今の実家を捨ててどこかに行く事はたぶん

自分には出来ない。。

 自分が病気になった事を抜きにしても、もし自分が実家に戻ったら、

多分そういう思いになるだろう・・・と。

 
 「そうなる事はわかっていた」

 父の言う通り、

「また病気が良くなったら家を出て頑張ればいい」

そりゃそれが出来ればベストに違いないだろう。。

 僕個人の病気や将来の事だけでも、今とても苦しい状態。

知人もすべて切ってしまったし、恥ずかしながら話相手も居ない。

そして実家の父と祖母の事を考えたら、尚更ここを出れない。

 正直自分でもよくわからない。。

何も孝行出来ず亡くなった祖父の代わりに、祖母へ孝行してるのか。

仕事で挫折して金銭的に迷惑をかけた父への罪滅ぼしなのか。

独立・結婚してまっとうな人生を送っている兄への代価なのか。

そして、

自分の歩んできた人生への贖罪なのでしょうか。。

 自分の人生と家族の人生を天秤にかける事自体、いいことでは

無いのかもしれませんが、

自分を取れば父と祖母が・・、2人を取れば自分の将来も病気も・・・

そうなってしまっているのは自分の意志とは違うものですが、

しいて自分に選択権があるのならば、今の自分は家族を取って

いるのだろうと思います。。

 自分の人生を殺して家族を助けるのが使命なのか。

 家族の人生を犠牲にして自分の成功を探してまた出発するのか。。

そんな葛藤と板挟みの毎日。。。

・・・こうして、あっという間に3年が過ぎて行きました・・・。

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この記事を書いた人

コメント

コメント一覧 (4件)

  • 僭越ながら、赤ちゃんを放置するわけじゃないので、罪悪感は、必要ないかと思いますが。

  • >まるさん
    僕はまだ残念ながら独身なので、赤ちゃん?の事は良くわかりませんが^^;、父や祖母に対してもやはりなんらかの贖罪の念は感じてしまいます。
    でも今はそんな思いですが、これがいつか孝行の念に変わる事がいいなと思っております^^

  • 初めまして。
    実家って難しいですよね。
    私も今実家ですが、体の不自由な父と、勤めに出ている母との同居中です。
    早く結婚に。と良く言われますが、そうしたら父と母はどうなるんだろうと考えたりします。
    葛藤するお気持ちはよくわかります。

  • >さくらさん
    人それぞれいろんな家庭の事情があるものですね。
    時に自分を取ったり、時に家族を取ったりと、難しい問題ですけど向き合っていくしかないですね^^;
    お互い頑張りましょうv

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